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大作の荷物整理の為に、久々に実家に帰りました。

実家は織物の卸問屋をしています。

 

ある時期、我家では座布団・クッションのカバーも、ポケットティッシュを入れるケースも、コースターも、鍋敷きも、小物入れも、トートバックも、みんな西陣織のパッチワークでできていました。これらは商品にならない端切れのような小さい裂れを貰ってきて、母がちくちく裁縫してつくっていたものです。一方、幼い頃の周囲のお友達は派手なピンク色で、賑やかなキャラクターの入ったハンカチや靴や上履き入れを持っていました。そういう派手な色、可愛い絵のものが欲しいなと思ったこともありましたが、そのうちに派手なピンク色の苦手な子供になっていました。

後から思えば、私の色感はそうやって育まれたのかもしれないなぁと、改めて思いました。

 

子供の色感は周囲の環境によって作られます。

日本の伝統色、ドイツの伝統色、各国の伝統色を一覧にすると面白いほど傾向が偏っています。

日本は自然の動植物を連想させるようなナチュラルな色が多く、ドイツは冷たく重みを感じさせる色が多いような気がします。この色感で育った国民は、同一の傾向を表すことになるはずです。何故なら色彩は人間の感情に働きかけるものだからです。

だとしたら日本の伝統色だけの国づくりをしたらどうなるでしょう?

誰もみたことのない「純粋に日本人的な思考」の国民ができるのでしょうか?

 

ちょっと脱線しましたが、日本画の世界はかつて限られた絵の具しかありませんでした。時代によっても違いますが、基本的には3〜7色程度です。

ですから画家は「既存の色から、如何にして色をつくるか?」に苦心してきました。

現在では多くの「新色」が加わり、世界は大きく変わりつつあります。

画家の関心は「どの絵の具を選ぶか?」に変わってきたのです。

絵の具を選ぶことはもちろん重要ですが、「色をつくる」感覚を大切にし、古い技術を調べ、技術を高められたら、、、いいですね。

それが豊かな現代に生きる私にとっての、理想的な日本画の有りようかもしれない。