聖林寺  聖林寺の十一面観音菩薩像(国宝/天平時代・木心乾漆像)は私の最も好きな仏像の1つだ。その魅力は和辻哲郎「古都巡礼」を始め、井上靖や白洲正子など多くの文筆家によって度々紹介されており、広く世に知られている。

 

 聖林寺は奈良県桜井市にあり、藤原定慧(じょうえ/藤原鎌足の子)によって712年に創建された。

奈良盆地が見渡せる長閑な山間の高台にあり、境内からは桜井・天理の古墳群や三輪山を遠望することができる。古くは戒律を授け、祈祷を行い、また学問所としても栄えた寺だったという。

 こちらの十一面観音菩薩像は聖林寺のご本尊ではなく、もともとは廃仏毀釈によって近隣の寺院が処分せざるを得なくなったものを聖林寺の当時の住職が引取ったものだそうだ。後に岡倉天心やフェノロサらによって開扉され、国宝の認定を受けることになり、天平後期の仏像彫刻の傑作の1つとして広く紹介されることとなった。

 

 その姿は天平時代特有の大らかさ・優美さを備えている。厳しくも慎み深く尊厳に満ちた表情、均整の取れたプロポーション、適度な量感、身にまとう衣や指先のたおやかな表情は、揺るぎない美を形造っている。優美とはいっても、微風を受けて僅かになびく衣を纏い すっくと前を見据えた面差しは、決して優しくはない。むしろ感情を削ぎ落として 多くの衆生を救わんとする凛然たる決意を映し、厳しく逞しい。人ならぬ存在が放つ 圧倒的な強さや清々しい美しさが、心を揺さぶる。

 

 私はこの像を見ていると言葉にならない何かで語りかけられているような、心に直接その存在が沁み込んでくるような気持ちになる。そんな風に感じるのは私だけではないようで、来訪者はまずその麗しさに目を奪われ、心を奪われ、その前から離れ難い気持ちになってしまうことも多いようだ。私のようにリピートして訪れる人も少なくないと思う。周囲の里山の温かい風景も魅力的な土地柄なので、ぜひ出かけてみてほしい寺、またこの先も変わらずにいて欲しい場所である。

 

聖林寺

http://www.shorinji-temple.jp/