法界寺

法界寺は賑やかな京都市街から離れ、ひっそりとした趣きのある伏見区日野にある。822年藤原家宗が 最澄作と伝わる薬師如来像(国宝/秘仏)を同地に祀ったことから始まった。後に藤原家の血縁である日野家がここに寺を置いて菩提寺とし、親鸞聖人が生まれた場所としても知られている。また日本美術・仏教彫刻に興味がある人にもお薦めしたい寺である。

 

平安時代の法界寺は多くの堂塔を持っていたが、現在残っている建物は本堂の薬師堂(重文/室町時代・移築)、阿弥陀堂(国宝/藤原時代)の2つのみ。緩やかなカーブの二重屋根が美しい阿弥陀堂は内部に入ると意外なほど広い印象を受ける、天上の構造や装飾など細部まで手の込んだ造り。中央には薄衣を纏った 平安時代らしい繊細な彫りの体躯に 穏やかでふくよかなお顔立ちの阿弥陀如来坐像(国宝/藤原時代)が安置されている。内陣を形成する4本の柱には曼荼羅や宝相華が描かれ、内陣天上の長押には飛天の壁画(重文)が残されている。特に壁画は漆喰に描かれた絵としては日本最古級で、現在国内で常時拝観できるものとしては最も古いのではないだろうか。

 

柱絵は一部下地が露出するほど損傷が激しく、その上に描かれた図像も不鮮明になってきているのだが、それでも間近に絵肌を観察することができ、剥き出しになった線や剥落した絵の具の痕さえもが不思議な魅力を持って迫る。飛天図の方は天井近くにあるので近づいて見ることはできないが、外陣から見あげると、薬師如来の周囲を軽やかに舞い飛ぶ 幾人もの天人の姿が生き生きと魅惑的に映る。

私は数年前に初めてここを訪れて大変感激したのだが、それと同時に(お寺の方には失礼ながら)こんなに素晴らしいものが吹き曝しのお堂にあって保存管理は大丈夫なのだろうかと心配に感じた。しかし完璧なコンディションで保存が可能なガラスケースの中に閉じ込められるよりも、本尊の傍で本来の目的を完遂することを 絵たちは選ぶだろう。改めてこの空間を訪れて、永い永い時間の中 こうして中世に描かれた線が、剥がされたり焼かれたりせず、創建時とほぼ同じ形で存在している様子は奇跡的な幸いなのだと思った。それを目の当たりにし体感できることが、また嬉しい。

 

貴族が没落した後は この寺の仏たちは民衆に支えられ、争乱を避けてこのひっそりとした土地の一部となった。時代の表舞台から遠ざかり、静止した永遠の時間の中を漂い続けているようだ。全ての色彩が輝きを失ってしまっても、千年を経て尚変わらぬ 尊く護られた空間。その鈍色の向こうにあるかすかな平安の面影を感じられる寺である。

 

法界寺

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